・琵琶湖のほとりで三泊四日
2009.11.23(Mon)
 ここ3年間は,撮影目的の宿泊旅行は白鳥撮りの茨城県・古徳沼だけだった。それも一泊 3回。胃がん手術以来,やはり長旅はあまり気乗りがしない。体力面も自信ナシ。おまけに腎不全の兆候ありとの診断による食事制限が加わったので,いよいよ外泊はシンドイものになっている。
 でも動ける内は出来るだけ動いておこうという気持ちは人様並みに持っているから, ‘まぁ,今年は動いてみるか!’ と決めた場所は,琵琶湖のほとり。( いま一番行きたいのは,プラハなんだが・・・・ )

 何故琵琶湖かといえば,5年前に紅葉の湖東三山を訪れたが,三山以外はどこも観ずという過ごし方をしたことに後悔の念があるから。
 今回は,湖北から湖南の寺の紅葉や古い街並みを撮り歩くことを主眼にした三泊四日の予定を立てた。宿は近江八幡の国民休暇村で,3連泊。

 新幹線・米原を拠点にしたレンタカーを,4日間使った。湖南三山,湖北の寺などで三日 ( 一日プラス約半日を二日間 ),京都市北東部の鞍馬・大原で一日という過ごし方をしたが,貸与された排気量1300の DEMIO は燃費が良い (私のパート・タイム四駆 2000ccのパジェロ・イオと比べての話で,このクラスなら,こんなものかな?) ようで,400数十Km( メーターを見忘れた!) 走り,補充したのは23リッター。この広さの土地不案内領域を動き回るには,ナビ付きのレンタカーは非常に有効的な手段であることを再認識した。

 撮った写真は,650枚程度。帰宅翌日から整理し始めたが,見た瞬間に削除決定という駄作の続出で,その枚数の多さに悲鳴を上げている。HPへのアップまでのこれからの手順・作業量を考えると,全くヤル気をなくしてしまう。
 10月に入ってHPのコンテンツ 「カメラ・スケッチ(スナップ集)」 のかなり大規模な編成し直しに手をつけており,こちらは見て頂けそうな写真が多いこともあって作業もソレナリの面白さを感じるが,この ‘ 近江シリーズ・プラス京都 ’ には,ちょっと困っている。写真の質の面でも 「乞う,ご期待!」 ともいえない。

 ハリコ3枚は,わずかな朝焼けの琵琶湖風景。宿泊した国民休暇村の敷地内湖岸から撮る。

《 向こうの山並みは,比叡山に連なる山系 》


《 一番奥に堀切漁港というところがある。 》


《 波乗りで遊ぶヒドリガモの群れ 》


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・Wiener Staatsoper での「魔笛」 
2009.11.16(Mon)
 タイトルの経験から35年以上経った今となっては、短絡的な思い出しかないが,取り敢えず頭に浮かんだ数点を,例によって ‘書き残して置くため’ に書いておこう。

・ホテルのフロントで Staatsoper 「魔笛」 の切符購入のサービスをしていたので,明晩の空席がある期待など全くしなかったのだが,購入を頼んだら空きがあったこと。これには係りの彼氏も大変驚いていた。
・自分の座席が一階の観客席中ほどで,中央通路のちょっと右側だったこと (この辺りは相当高額の席であるはずだが・・・・)。
・観客の服装はキチンとしたもので,いささか場違いの感がある自分の服装 (旅行中だからスーツなど持って行かない) がかなり気になっていたこと。
・パパゲーノの初登場が舞台の殆ど右端でそこで「鳥刺しパパゲーノ」を歌ったので,‘もっと真ん中で歌ったほうがいいのにな’と思ったこと。

 演奏者たちについては,全く覚えなし。この時のパンフレットや当時の日記めいたものは、二階物置の一番奥にある開き戸付本棚にあるはずだが、混雑の極みにある物置だからその本箱に辿り着くことなど、全く不可能。
 せめて指揮者の名前くらい思い出せないかと、WEBをうろついた。手がかりは、結構長い名前で、出だしは「マ行」ではなかったか、という思い。弱った頭でウロウロと記憶をまさぐっていたら、‘メルツェンドルファ−’という名前に思い至った。この名前でGoogle検索したところ、「ウィーン日誌」というブログがあった。内容を拝見したら、この指揮者であったろうことはまず間違いない。
 こういう具合にことが運ぶと,たとえ記憶違いであったとしても,非常に気分が良くなるものである。

 当時はキャノネットというカメラを持っていて、それで撮ったヨーロッパ各地の写真アルバム数冊がある。その中から Wiener Staatsoper に関わる写真を探したら、数枚あった。

 建物の壁に貼られた「公演案内」もチャンとカメラに収めていた。でも残念ながら,小さな字が読めるような撮り方はしていない。「 Die Zauberflöte」 は明瞭である。

 写真は既に古色蒼然としてセピア色に被われているが、Photoshop CS3のカラー補正でそれらしい色に修復した。その変化の具合もご参考にハリコした。

 このところのブログは,すっかり1990円のDVD「魔笛」に占領(翻弄?!)されてしまった。
そのお陰で35年前のアルバムを埃を拭き飛ばしながら眺めることになり,楽しい時間を持つことが出来た。

《 ウィーン国立歌劇場正面。屋根の正面手前の飾りつけは,最近の写真で見るものとは異なる。》


《 同上。修正前のセピア色 》


《 通りがかりの人に撮ってもらった本人。ベンツは当人とは全く関係なし。》


《 当日プログラム案内板。下部の落書き数字は何だろう。》


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・‘事業仕分け’ 開始の意味
2009.11.12(Thu)
 予算の無駄を洗い出す行政刷新会議の 「事業仕分け」 が11日に開始。 asahi.com は,(以下引用)『 来年度予算要求の無駄を洗い出す行政刷新会議の「事業仕分け」が11日、国立印刷局市ケ谷センター(東京都新宿区)で、一般公開されて始まった。午前の仕分けでは、宿泊・研修施設を運営する独立行政法人の地方移管や予算削減を求めたほか、事業環境が変わった場合に使う「国土・景観形成事業推進調整費」(概算要求額200億円)の「廃止」を結論づけるなど、厳しい判断が相次いだ。 』(引用終わり) と第一日目の状況を報じている。

 仕分け作業では,仕分け人は 「廃止・見直し・削減」 判定を連発しているが,従来から 「密室」 での予算編成に慣れていた各省庁からは不満が噴出、巻き返しを図る動きも出ているとのこと。鳩山政権の「政治主導の予算編成」 がいよいよ具体的に試されることになる。

 この 「事業仕分け」 の持つ本質的な意義は,どれだけの予算規模の縮小を図るかの数字の問題ではない。この作業の過程がインターネット上で公開され,会場では報道関係者のみならず一般傍聴も可能にしたことである。つまり官僚主導の自民党政治の密室性に風穴を開けようとする政治手法の改革であることに意味がある。
 首相自身の発言のブレや閣内の不協和音など,相当に危なっかしい新政権のスタートだが,この新しい政治発想・手段が,自公政権と官僚の蜜月によって抜き差しならぬ政治・経済の閉塞状態に追い込まれている我が国が希望の持てる方向へ変化していく機動力となってくれることを,期待している。
 仕分け作業の進展具合を公開し続ける 行政刷新会議のホームページ は,暫くは目が離せないものになるだろう。

 もう言い尽くされていることで言わずもがなだが,民主党に政権を託した国民のその意図はこういう所にあることを肝に銘じて欲しいものだ。

 Walking写真で夕方の空を撮るときは,「明日はこう(雨,曇天,晴れ等)なるだろうな!」 と天候状態を想像することが殆どである。「この空なら,明日はどうなるだろうか?」 と獏と考えることはまずない。
 ハリコの2枚は,少なくとも悪天候を想定せずに撮ったが,夕焼けも黒い大きな雲も,どちらもなにやらの不安を与える空でもある。

《 夕空 1 》


《 夕空 2 》


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・Salzburg 祝祭劇場の思い出 2 
2009.11.09(Mon)
 アップ予定をほのめかしていた ‘Staats Operのこと’ をどう書こうかと、関連した内容の直近の11月5日ブログ 「 Salzburg 祝祭劇場の思い出 」を読み返してみたら、‘思い出’ としながら、それらしきことは写真説明記述にあるだけで、思い出とか印象は皆無。何とも独りよがりの内容だった。そこで急遽 「思い出 2」 を記し内容補填をすることにした。

 日常生活の中でもいろんなことで気配り不足・減少を感じているので注意はしているのだが、気配りの及ぶ範囲が狭く浅くなっているのを、自覚症状として認めざるを得ない。

 9年前のことでもいくつか鮮明に思い出すことがあるので我ながら少しは感心することもある。だが実は可成りか若干かは問わず、覚えていると信じている内容は本当にそうであった保証はなかろう。でも本当にくたばる前に、どこかに書き留めておくのは意味があろう。

 祝祭劇場内部見物は観光客向けのツアーという形で行われている。思い出の第一は、このツアーの女性ガイド。先ずは、素晴らしい美人だったこと。そして英語とドイツ語の2ヶ国語を使ったガイドだが、英語はひどいドイツ語訛りのスゴイ速さであったこと。従って殆ど説明内容が理解できなかったこと。舞台装置・構造の優秀さや性能の良さなどの専門的な説明も多かったようで、大劇場の舞台ではライトが4000個以上使用されているといった話が頭に残っておる。

 大劇場の舞台幕(オペラカーテン)(前回ブログのハリコ写真)は薄明かりに中で黄金色に輝いており、その豪華さにツアー客全員は感嘆の声を上げた。

 それ以上に圧倒されたのは、‘フェルゼンライトシューレ’の特異な雰囲気である。舞台奥の3階分ある通路(?)のような箇所を歩いて ‘Felsen(岩壁)’ の雰囲気を味わいたかったのだが、改修中のために舞台の中に入ることが出来ず、観客席の通路から仰ぎ見るだけだった。何枚か撮った写真を一枚も残していないのが非常に残念。

 ハリコの写真は、ツアー客に配られたパンフの裏表である。なんともサービス精神に欠けた内容の素っ気なさ! 入場料は、‘ATS 70 ’ とある。700円〜800円位か。‘SALZBURG CARD’( 「モーツアルトの生家」などという施設でガンガンとられる入場料が無料になるカード ATS 225 )を買っていたので、これを使用した。 (ATS:オーストリア・シリング)

 1階だったか2階だったか覚えはないが、‘ カラヤンの部屋’ ‘ベームの部屋 ’という部屋がしんと静まりかえった廊下に面して粛然として存在していた。この二人が別格扱いされているのかな等と考えたことを思い出した。

 一時間弱のツアーは貴重な体験。願わくば次は‘フェルゼンライトシューレ’で「魔笛」を聴くこと。だが、これはもう駄目だろうな!

《配布されたパンフの二つ折りを広げた表(おもて)》


《同上、裏(うら)》


《SALZBURG CARD。私の名前が読み取れるところが良い。》


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・Salzburg 祝祭劇場の思い出
2009.11.05(Thu)
 先月29日ブログは、「そういえばもう一昔に話になるが、ザルツブルクを訪ねたとき、祝祭大劇場の内部を見物したことがある。その時の様子や35歳の時のウィーンでの Staats Oper のことなど、気が向いたら次回ブログ以降に書き残してみたい。」 で閉めたが、「魔笛」 につながるこの話は後回しになっていた。このオペラの第2幕 (DVD2枚目) は10月末に聴いたのですぐに感想など書いておけば良かったのだが、そのころの私は 「畳」 に取り憑かれていたから・・・・・。

 「魔笛」 の感想より気になりだしたのは、2000年にザルツブルグの祝祭劇場全体の内部を見学した時に何枚か撮った写真のことだった。スライドボックスから探しだしたら、祝祭劇場内部とその回りの通りのなどで撮った写真は、たったの6枚。通常の整理の仕方からしてその1.5倍から2倍の枚数は撮っていることになるのだが、こういうことになると、味噌も糞も残しておくべきだったという気がしてくる。
 その6枚の内の5枚に日の目を見させて9年前の思い出にふけるという、このシツコサ!

《 劇場前の通り:ホーフシュタールガッセ 》


《 祝祭劇場大ホール。舞台幕(オペラカーテン)が豪華。
前の椅子の背にカメラを固定して何秒だったか? 》


《 同上。
岩肌を削って作られたホール「フェルゼンライトシューレ」の写真は一枚も残っていないというお粗末さ。
フェルゼンライトシューレでは、絵になっていない構図やフラッシュなしのブレ写真ばかりだった
記憶がある。 》


《 2階の廊下。一番奥に大きな鏡。》


《 上の写真の奥の鏡に小さく写っている小生夫婦を近づいて撮ったが、ブレブレだった。
これも記念になる。》


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