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当て逃げされた我が家の車

2015年01月05日 10:26

 旧聞に属する昨年12月29日、スーパーの駐車場での出来事。運転していたのは妻。通路に出ようとしたとき、左側から走ってきた車が、運転席側のバック・ミラーの下部にぶっつかってきた。

 通常は、こういう駐車場では、車を出すとき、時計回りの走り方をする。ぶっつかってきた車は、反時計廻りをしていたのだ。
いわば逆走である。妻は茫然としてなす術を知らず、逆走の車はそのまま走り去った由。

 車はご覧のように車体に若干のへこみが出来ただけで、妻も幸いなことに何の影響も受けていない。女性の運転する車は、得てして〝私は走りたいように走る!〟というスタイルが多い。 この場合もそうだ。

 ここまで書いた時に、十年近くこの車の面倒を見てくれてる自動車販売店の担当者が、様子を見に来た。これを直すには数日かかるとのことで、代車も準備するとのこと。

 怪我などがなく〝不幸中の幸い〟である。


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我が家のおせち料理

2015年01月04日 16:38

 今日は、1月4日だが、元旦に用意したおせち料理は、5日か7日間、長期になれば10日間くらい、テーブルを賑わす。
一番上の写真には、四角の盆や丸っこい深めの木製の皿が見える。この皿に、写真2枚目の正月料理の主役ともいうべき「おせち料理」を各自が自由に取り分ける。3枚目は縁起物の黒豆。

 4枚目は、切り餅を雑煮に入れるべく、今では珍しい〝電熱器〟で焼いているところ。 餅は、焼いているうちに、中の空気が膨張して表面が膨らんでくる。 それを木製の椀に入れて、ゴボウや大根の入った吸い物の中に浸すのである。

 このような重箱料理や雑煮は、関東では珍しいと言われているようだが、九州出身の我が家では、三が日の朝は、おせち料理と黒豆は不可欠である。 

《子供たちが来たので、5人分の食器が見える。》


《所謂、おせち料理》


《欠かせない縁起物の「黒豆」》


《しっかりと焼けた切り餅 3個。》


追記 : 雑煮の写真を撮るのを、すっかり忘れていた。これも猪口 3杯飲んで酔いが回ったせいか?!

正月に備えて

2014年12月31日 10:40

  我が家にも、正月に備えて12月30日に行う行事がある。写真掲載の正月飾りの作成と所定の場所への飾りつけである。
 何故30日かというと、〝一日飾りは縁起が悪い〟という言い伝えがあり、これに従っているから。

  一番上は玄関扉の外を向いた側に吊るして飾る「注連縄(しめなわ)飾り」。 二番目の大きな鏡餅と呼ぶものは、日常生活の中心場所の居間(リビング・ルーム)に置く「飾り餅」で、所定の容器に入れる。 一番下は、定型の紙の上に置いて各部屋や食堂など個別の適当な場所(7か所)に配置する。私のパソコン部屋は、スキャナ上に乗っている。餅の上の紙包みが「お年玉」と呼ばれるもの。これだけが手作りで、後は購入品!
 この作業に一時間はかかってしまうのだが、結構楽しい仕事だ。

 2枚目・3枚目の紙で包んだものには、昆布を小さく切ったものと米とが入っており、これを作るのが、30日夜の私の仕事である。 

 こんな事をくどく書いたのは、最近はこういう行事をやらなくなった家庭が増えたということなので、記録して残して置こうと思ったから。

 明日の元旦、2日、3日の朝食は、原則として、朝食は写真一番下の小さな餅が入った「雑煮」と「おせち料理」が続く。

《注連縄飾り》


《一番大きな鏡餅》


《私の部屋は、この形のもの。スキャナの上の置かれている。


ペリカン撮影と成田山詣で

2014年12月28日 06:00

 昨日、印西市にペリカンを撮りに出かけた。 朝日新聞のち地方版に掲載された記事を読み、いそいそと出かけたのだ。
 数年前にも、ここにはペリカン撮影に来たことがあるが、その時も今回も、不思議と一羽だけが餌をもらっている。ペリカンは、20年ほど前から印西市印旛沼に住みつき、写真愛好家や印旛沼周辺の漁師さんから餌をもらって、人気者となっているとのこと。
       
 アヒルより二回りほど大きな水鳥で、写真のように、〝赤ら顔〟である。 人が近づいても、じっと座ったままである。以前来た時には、ヨチヨチとありて私の方に進んできたのだが、今回は座ったままだった。

 帰路に、成田山新勝寺に立ち寄った。このお寺は、年末・年始には途轍もなく多くの人が集って、〝今年一年のお礼参り〟や〝新年を寿ぐお参り〟をするところで、26日当たりでも人出で賑わっていると思ったが、意外に閑散とした境内だった。

《ペリカン》


<成田山新勝寺:本堂から山門方面を振り帰って撮る》


千葉・本埜村の白鳥 その2

2014年12月26日 09:45

 去る12月24日、千葉・本埜村に今年も飛来した白鳥を紹介した。 それは、飛んでいる2羽の姿だったが、今日は、その日に撮ったものの中から、ご覧のように水を張った田んぼに浮かんで、鳴き騒ぐ10数羽の賑やかな様子を紹介する。

  期待したのは、大群が飛んでいる様子だったが、考えてみれば、 今の時期には見ることが出来ないことだった。 北国に帰る(これを、「北帰」と呼ぶ) 時期には、冬の時期の仮住まい場所だった本埜村の田圃の上空を、数十羽が群れを成して、別れを惜しむように何度も旋回するのだが、これは、今の時期では、望む方がおかしい。
・・・・・数年ぶりに行った私の思い違いだろう。

 それでも、10羽程の群れは、何度も飛んだ。写真も何枚も撮ったが、どれも掲載するに値しない静止画像ばかり。スロー・シャッターで羽がブレているものが〝感動〟があって理想的だが、自分のカメラなのに、スロー・シャッターの設定が出来ないのだ。
         
 以前は〝白鳥飛来の最南端)〟と言われていた茨城県の古徳沼(今ではもっと南まで飛来するらしい)では、〝感動〟に満ちた写真を撮りまくっていたのもだが・・・・・
 腕も落ちたし、素早い写しどころの判断も出来なくなったようだ。 それでも楽しい小一時間だった。

《グエグエ! と鳴き交わしている一群》


 11時、テンプレートの変更をした。 初めての経験だが、眺めてみても、こちらのほうが今までのものより良い、とは言えない。また今までのものに変えること、間違いない。オアソビが過ぎる。

チューリップ と 白鳥

2014年12月24日 10:43

 昨日も暇人は、ロング・ドライブをした。行先は、船橋市の〝アンデルセン公園〟。 目的は冬咲きのチューリップ。 人工的にこの時期に花を咲かせて、花が少ない冬に集客しようというもの。花畑にはなっていないが、それなりの華やかさはあった。

 帰途は、少々遠回りをして、千葉・本埜村の 「白鳥飛来地」 に行った。 今年の1月以来で、今シーズン(12月~3月)としては初めて。今の時期、それも昼間だから、田圃に水を張った〝白鳥の湖〟には、数少ない白鳥が泳いでいるだろうと思ったが、何と700羽以上が泳いでいた。 これもめずらしいこと。土地の人も、そう言っていた。
          
 相変わらずカメラを抱えたり、三脚を立てたカメラマンが沢山居られた。中には、大阪から車で8時間以上かけて来た、という人もおられて、フアンとはこういう人を言うのかと, 感心しきり!

 この日もいつものように、100枚近く撮った。

《構図がお粗末な花》


《飛んでいる2羽をただ撮っただけ!》


またも文章の修正をやった。 「今年初めて」を「今シーズン初めて」と修正。

冬至の〝ゆず風呂〟

2014年12月23日 09:36

 昨日は冬至。 我が家では、この日には〝ゆず〟を浮かべた風呂に入るという習慣が続いている。 湯船につかり、浮かんでいる〝ゆず〟を両手でグッと握りしめ、果汁を絞り出す。
          
〝ゆず〟の香りが若干立ち、これで年中行事の一つが終わったという、安堵感のようなものを味わうのである。 

 ゆず風呂の謂れは、「邪気をはらう」 「一年中風邪をひかない」 「無病息災」等とされているから、我が家でもこの習慣は、止められない。

 夕食には、これも習慣になっている〝かぼちゃ〟を食べた。
     
 写真は、洗面器(大小の小さい方)に入れた、相当に大きなゆずの半切りで、今年のものは、例年より大きかっただ。この習慣は、今後も続けていきたい。


年賀状作成

2014年12月22日 11:04

 今朝は、来年の年賀状作成で長時間を費やした。必ず書き損じの賀状が数枚出るのだが、今朝書いたものは書き損じ無し、という驚くべく作業だった。それにしても、掲載したように、なん変哲もないありふれた裏面で、受け取った方も、どう仕様もない賀状だな、と思われるに違いない。

 昨年暮れに書いた賀状の内、今までは儀礼的に書いていたものに、〝賀状は今年限りで、来年以降、欠礼とさせて頂きたく〟という旨の文言を書き添えた。 一時期は200枚程度の賀状を送付していたが、昨年は120枚ほどに絞った。 そして今年は、10数枚と激減である。

 この激減で、心配事が生じている。それは、当方は〝欠礼の添え書き〟で、当方への年賀状も激減すると思っているが、そうではなく例年通りに賀状を当方宛に送付してくれる方が沢山居られるかも知れない、ということ。
 だから、そうした賀状への返礼のために、予備の賀状を10枚ほど保管している。


我が家から一番近いゴルフ・コース

2014年12月20日 10:34

 昨日、暇に任せて、家から車で10分くらいのところにあるゴルフ場にぶらりと立ち寄った。 今は、ゴルフは止めているが、若い頃は年間40数回、あちこちのゴルフ場に通ったという、所謂〝ゴルフ狂い〟だった。
           
 このゴルフ場でにも、数回、プレイしたことがある。スタート・ホールのテイ・グランド、上りの18番のグリーンは、何となく記憶にある通りだったのが懐かしい。

 平日ということもあり、プレイをしている人は見えた限りでは二組。 クラブの方の許可を得て、INとOUTの最初のホールを少し歩かせてもらった。写真撮影もO・Kを貰って、撮った一枚が掲載のもの。
       
 レストランも使わせて貰って、コーヒーとアップルパイのおやつを食した。レストランの顧客は、なんとたったの一人。この人は、私がコーヒーを飲みアップル・パイを食している間、居眠りを続けていた。

暇人の私だが、こんな時間の過ごし方をしたのは、初めてである。

《10番ホール・テーイ・グランドから、コースを撮る。》


15時 4 0分追記
:タイトルの「我が家・・・・・」をアッ゚プ時点から「我儘・・・・」と書いていたことに、先ほど気が付いた。今日は、医者に行く予定があり、家を出る予定の時間が既に過ぎていることに気がつき、慌ててブログを完了しようとしたお蔭で、こんなチョンボをやってしまった。

 もう一つ、不味いことがある。アップする写真が、暗いものになることが多いので、Photoshopの段階で明るく加工しておくべきだったのだが、それもやらなくて、ご覧のような〝暗い写真〟なってしまった。我ながら、オソマツと思っている。

千葉・久留里の名水井戸

2014年12月12日 10:23

 この写真は、昨日の朝日新聞に掲載されたもの。久留里観光交流センター前にある湧水井戸の風景である。 記事に読めるように、この井戸は観光資源というだけでなく、文化遺産としての価値も高いようで、世界遺産への登録も検討されている。
          
 この町のあちこちに200か所程あるという湧水井戸は、地元の人の生活用水としても活用されている。 交流センター前の井戸で、ポリ・タンクに水を貯め、車に積んで持って帰る風景に出会って、失礼ながら、写真を何枚も撮らせて貰った。撮ってる間は、別世界を見る感じだった。

 この町を歩くと、いたるところで、さまざまの大きさ・形の井戸を見ることが出来る。伝統的な家並みの間に、沢山の湧水井戸を見ることが出来て、カメラを抱えての町歩きも飽くことがない。

 一行目に〝久留里観光交流センター前〟と書いたが、このセンター内には、素朴な和食の食堂があり、ここで食べた〝うどん〟の旨さが忘れられない。 この湧水井戸を2度訪れているが、2度ともこの〝うどん〟を食べた。
     
 内部には、この町で作られた野菜・駄菓子・風呂敷などが販売・展示の目的で並べられており、うどんをすすりながら、それらを眺めていると、こういう伝統は、いつまでも残してほしいと思うのだった。



またまた蛇足ながら、下記を掲載させて頂く。
久留里に沢山ある湧水井戸の掘り方(上総掘り)のことを詳しく紹介した記事のURLである。  参照あれ!
http://www.city-kimitsu.jp/kanko/spot/manabu/ido-kururi.html


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