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・ロバート・キャパのブレ写真・雑感

2011年07月29日 15:20

 去る23日のブログに書いた 〝探すことが宿題〟 だった本はキャパの 「ちょっとピンぼけ (原題:SLIGHTLY OUT OF FOCUS)」 (文春文庫 翻訳者:川添浩史,井上清一) だったが,見つけ出した。
 この本の内容の一部を借りて, 「キャパの写真について気になること」 を書いておきたい。それは,キャパの 「ノルマンディ上陸作戦」 シリーズについて語られることが多い 〝ピンボケ〟 のことである。

 東京都写真美術館壁面のキャパの写真は,1944年6月6日,連合軍200万人がフランスのノルマンディー半島の4つの海岸に上陸した 「ノルマンディ上陸作戦」 に彼もカメラマンとして参加して撮影した中の一コマである。アップした写真2番目がそれだが,相当のピンボケである。これを撮った 「ノルマンディ上陸作戦」 の一場面について,上述の文庫に次のような記述 (168ページ) がある。 

 『一週間後、私は 〝イージー・レッド (注:戦闘地区の作戦上の呼称)〟 の海岸で私が撮った写真が、上陸作戦についての最もすぐれたものだったということを知った。しかし、残念ながら暗室の助手は昂奮のあまり、ネガを乾かす際、過熱のためにフィルムのエマルジョン (乳剤) を溶かして、ロンドン事務所の連中の眼の前ですべてを台なしにしてしまった。
 二〇六枚うつした私の写真の中で救われたのは、たった八枚きりだった。
 熱気でぼけた写真には、〝キャパの手はふるえていた″と説明してあった。』

〝救われた〟 のは,この写真のようにすべてピンボケなのである。 (もっとも, 「救われたのは、たった八枚きり」と本人が言っているにもかかわらず,11枚とする説もある。ご参考にその 情報 「The Magnificent Eleven: The D-Day Photographs of Robert Capa」 にリンクを張っておく。この情報には,キャパンの写真をほとんどを台無しにした話も記載されている。)

 気になるピンボケの話は,次のように展開する。
 ここに引用した文の一番最後の文 ( 「熱気でぼけた写真には、〝キャパの手はふるえていた″と説明してあった。」 ) は,この本人が書いた文だが,事実を示していないのである。
 この問題の発端は,雑誌 「LIFE」 に掲載されたこの 〝救われた〟 写真に,「LIFE」誌が 〝エマルジョン (乳剤)の問題〟 を無視して,「写真が不鮮明なのは世紀の作戦にキャパは手がふるえていた」 との虚偽の説明をつけたことにある。
 ここから,ピンボケに関する誤認識が始まっている。メディアは時として虚実の使い分けを自分の都合でおこなう習性を見せるが,この 「LIFE」 誌の説明がその典型である。だが一層おかしいのは,キャパもそれに同調する文章を書いていることだ。なんということ!

 ところが,これが世に流布しているキャパのピンボケではない。紹介したいのが一番下の写真 「ノルマンディ上陸作戦」。 この右下の薄くて読めない文は, 〝そのときキャパの手はふるえていた″ と書かれている。これはキャパの言う 「エマルジョン(乳剤)の不手際」 のせいではなく,戦場の最先端で恐怖と戦いながら写真を撮るキャパの実際の体の震え・手の震えを言っているものである。この本の「ノルマンディ上陸作戦」の撮影時のキャパ状況説明を読めば,このことが明白である。キャパの著作の原題 「SLIGHTLY OUT OF FOCUS」 はこの〝震え〟に由来する。これが 〝キャパのピンボケ〟 なのである。

 だが,少々ひっかかるところがある。この見開きページの写真の〝そのときキャパの手はふるえていた″ という文は,余計なものだ。先に引用した 「LIFE」 誌でっち上げの 「熱気でぼけた写真には、 〝キャパの手はふるえていた″ と説明してあった。」と同じものでは ? と錯覚されるに違いないから。
 もともと,作者がつけた写真のタイトルでもない限り,余計な説明は要らない。キャパが自分で付記したのか,翻訳者か発行者 (文春) がでっち上げたかのどちらかであろうが,いずれにしてもこの文庫は 〝ピンボケに関する混乱〟 がひどい訳本である。翻訳の拙さだろう。翻訳というのは,ある言語の文章を他の言語に変換すだけでは済まない。記述内容が不正確或いは間違いなら,注記或いは補記すべきだ。翻訳者には,それだけの義務がある。

 ケチは付けたが,この本は面白い読み物である。キャパの物怖じしない快活でユーモアにあふれた感覚で,戦闘の第一線の状況が語られている。文才もあるキャパである。報道写真家としての使命感のひけらかしや戦争写真論的な要素は一切なく,戦争の渦中で目の前の現実の大きさ・過酷さにひたと向き合い,執拗に写真を撮り続けた一人の男の体験記・戦記として十分に読み応えある著作である。

 最後に,MAGNUM PHOTOS:ROBERT CAPA にリンクを張っておく。 キャパ゚の代表的な写真をご覧あれ!

≪文庫の表紙。≫


≪「ノルマンディ上陸 オマハ・ビーチ」:MAGNUM PHOTOSより借用。≫


≪上記文庫の166-167頁の見開き写真。文庫版の見開き2ページをスキャンした。≫


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