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・森山大道の「犬」のこと

2014年03月10日 09:38

 眠りにつく前のウイスキー水割りの寝酒の途中で、何のきっかけもなく、ふと思いつくことがあって、それをブログのネタに使うことがしばしばあるが、今日もそれ。

 昨夜、水割を飲み始めてすぐに頭に走ったのは、森山大道の「犬」の写真。東京都写真美術館で開催された森山大道の写真展(2008年)を見たが、昼夜の町の通りの多彩な表情をカメラ手持ちで撮りまくったという印象の写真展だった。
 その雑多ともいうべき沢山の写真の中に、この犬の写真があった。首輪がないから野良犬だろうし、前足も一本しかないように見える物悲しい雰囲気の犬である。こうした犬の表情をとらえる研ぎ澄まされた観察力の強さに、ショックを受けたものだった。

 朝起きて、写真展や絵画展で欠かさず入手する図録を探すが見つからない。代わりに、森山大道自身が書いた「犬の記憶 終章」という文庫と、もう一冊、12,3人の写真家や評論家が、それぞれの「森山大道」感を論じている評論集が本棚に入っていた。後者は写真展会場の本売り場で図録の代わりに買ったものである。
 嬉しいことに後者には、2ページ見開きで、「犬」が掲載されている。ここに紹介したのが、それである。
ところで、「犬」と書いたが、森山大道の写真には、タイトルが書かれていない。念のため、申し添える。

 例によって、今日も蛇足。
 写真や絵画を本にする場合、得てしてこういう具合に原本をぶった切って見開き印刷にしてしまうが、これは私はまったく邪道な作り方だと思っている。本や雑誌の判の大きさに関係なく、1ページに収めるべきである。作者は、二枚をつなぎ合わせて作品を作ったわけではない。作者の意図の無視も甚だしい!

《タイトルは「終章」となっている。この前に「犬の記憶」が発行されているが、手持ち ナシ!》


《上記の本人の本の内容は少し記憶にあるが、この評論集の内容の記憶はほとんどないから、読み返そうと思っている。
写真は、評論集のカバーの見開き。》


《犬》




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