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・昨日の「朝日デジタル」記事の続き

2014年05月04日 08:28

 題記の通り、昨日の続きをアップする。阿部批判の基調が弱まっていたら、継続をやめようと思ったが、朝日らしい穏やかな批判は残っているようだし、久しぶりの安倍晋三批判なので、継続することにした。

以下引用。図・写真は省略。  

 
「憲法を考える(中)」

 
2012年1月。天皇皇后両陛下は、五日市郷土館(東京都あきる野市)を視察した。

 展示を説明した市職員の関谷学(56)は、美智子皇后から「何歳くらいの人たちが活動していたのですか」と問われた。「20、30代の青年が中心です」と答えると、皇后は黙って何度もうなずいたという。

 皇后は昨年10月の誕生日に出した文書で、憲法にまつわる人との交流にも触れた。12年に死去したベアテ・シロタ・ゴードン。皇后は「日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させた」と功績をたたえた。

 ベアテはユダヤ人で、1923年にオーストリア・ウィーンで生まれた。5歳の時に東京音楽学校教授に就いた父や母と来日し、15歳まで日本で暮らした。戦時中は米国の大学にいたが、戦後日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)の民政局に入り、再び来日。当時は22歳だったが、25人のGHQ草案作成委員の1人として男女平等の実現に力を注いだ。

 女性の権利にこだわったのは、多感な時期に日本の女性の姿を見聞きしたからだ。「おめかけさん」と同居する妻、親に売られる娘、親の決めた相手と結婚する女性……。ベアテは自伝で「日本女性の味方は私一人しかいない」と、当時の心境を振り返っている。

 しかし、ベアテらが短期間でまとめたGHQ草案をもとにつくられた現行憲法を「押しつけ」と批判する声も多い。首相の安倍晋三は昨年4月5日の衆院予算委員会でこう主張した。

 「25人の委員が、全くの素人が選ばれて、たったの8日間でつくられた。そういう事実をちゃんと見ながら、自分たちで真の独立国家をつくっていく気概を持つべきだ」

 外国の「素人」が関わった今の憲法には価値はないのか。ベアテの娘で米国在住の弁護士、ニコル・ゴードン(59)は安倍の言葉に反論する。「母は確かに、私のように法律の知識はない『素人』だった。けれど母は日本の女性がどれだけ苦しんでいるのかを、よく理解していた」

 ベアテの自伝は米国ではいったん廃刊となったが、シカゴ大学出版が今月3日に新装版を刊行。日本の戦後史研究で知られ、自伝に序文を寄せた歴史学者のジョン・ダワー(75)は彼女が新憲法をつくるキーパーソンの1人だったと語る。

 日本側は当時、女性の権利条項の削除を求めた。これに対しベアテは男女平等の理念を新憲法に盛り込むよう強く主張。その考えは「婚姻は両性の合意のみに基いて成立」「法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定」などと規定した24条に生かされた。

 「彼女がいなかったら日本の憲法に24条はなかっただろう」。ダワーはベアテが残したものを「理想主義」と表現する。

 「当時は多くの人々が日本が民主主義国になれると信じていなかった。だがベアテは日本人を信頼していた。この理想主義が、合衆国憲法にも書かれていない女性の権利を保障する進歩的な憲法を生んだ」

=敬称略

 (佐藤達弥、田井中雅人)
以上、引用終わり


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